光合成のエントロピー論
光が光合成を駆動し、生命を駆動する過程を、不均一性をキーワードとして理解する


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光合成のエントロピー論 論文原稿 (光合成研究21巻70ー80ページ、2011年掲載)
裳華房刊『エントロピーから読み解く生物学 めぐりめぐむ わきあがる生命』
1. 生命の理解
 生命を理解するのは、生物を理解することとは異なる、というのが、この話の大前提である。
 個々の生物や、生物体を構成する個々の部品について詳しく解説するのが、これまでの生物学/生命科学であるが、生命、つまり、生きているということを理解するには、個別の部品の説明とは別の次元で考えることが必要である。「めぐりめぐむ生命」というキーワードは、生物の体を機能させるさまざまなしくみが、それぞれサイクルを作り、たがいに共役していることを示しているが、それだけでは生命の活動が「わきだしてくる」ことまでを十分に説明していなかった。

2. 不均一性と生命
 生物の特徴として、細胞からなる、代謝する、形態形成をする、増殖する、環境応答/ホメオスタシスがある、進化する、などが挙げられるが、これらは、自ら持続的に活動することに集約される。つまり、均一なところに不均一性を産み出すのが生命活動であり、それは究極的には太陽と地球や宇宙の温度差という大きな不均一性を使っている。宇宙におけるあらゆる変化は、不均一性を生み出したりなくしたりすることであるが、ビッグバンに発する宇宙の膨脹過程では、全体として、不均一性が減少する方向の変化がおきている。しかし、局所的に見れば、大きな不均一性の解消に伴うエネルギーの流れにより、小さな不均一性が生ずることがある。それが、天体の誕生をもたらし、さらに、地球上の気象現象や海洋の流れなども作りだしている。

 生命活動が成り立つのは、これと同じ不均一性の解消過程における局所的不均一性生成と考えられる。しかし、無生物現象と異なるのは、生物が多くの階層を形成し、下の階層で生まれた不均一性が、上の階層でもエントロピー散逸を通じて不均一性を生み出すことであり、さらに、こうして作られる不均一性の流れる経路が、遺伝情報によって指定されているために、ほぼ同様の生物体を繰りかえし生成することである。無生物と生物のちがいは、このような、多重化した不均一性伝達サイクルによって理解できると考えられる。

3. 無生物と生物
 簡単な例を示すことにする。自発的な構造形成は、生物だけでなく、結晶でも見られる。しかし、両者には根本的なちがいがある。結晶の形成は、エントロピーが減少するが、エンタルピー(内部エネルギーと考えてよい)が大きく減少することにより、全体として、自由エネルギーが減少する過程である。つまり、自発的に進行する過程で、外力がなにも加わらなくても、自然に進行し、最後は、自由エネルギー変化がゼロになったところで、停止する。これに対し、生物は、外からの物質の供給に依存している。人間であれば、炭水化物と酸素を取り込み、二酸化炭素と水を放出する過程で、大量のエントロピーを放出し続けている。それにささえられて、体を作り、運動し、ものを考える、というような活動が可能になっている。人間の体は、常に、外部からの物質供給が無ければ、維持することは出来ない。植物も同様で、常に、太陽の光の供給が無ければ成り立たない。つまり、生物は、物質に関して開放系であり、常に外部からの不均一性の供給を受けていなければならない。エネルギーではなく、不均一性という理由は、エネルギーは、エネルギー保存則のため、入力と出力がつりあうはずであり、生体がほんとうに取りこんでいるのは、エネルギーや物質のもつ不均一性である。

4. 不均一性の流れと生命活動
 太陽の光は、約6000度という高温熱源から発せられたエネルギーであり、地上の温度とのあいだに大きな不均一性がある。光合成が駆動されるのは、この不均一性の解消過程に共役しておきる活動である。光合成によって生まれた炭水化物と酸素は、それ自体として、不安定な組み合わせであり、自然に燃焼する傾向をもっている。このことを化学では、自由エネルギーが大きいと表現するが、結局は、不均一性が大きいということである。動物の体に入った炭水化物と酸素は、呼吸のしくみによって、自由エネルギーが解放されると同時に、ATPやNADHという形で自由エネルギー(つまり不均一性)の大きな物質を作りだす。これらが分解されることによって不均一性が解消されるのに伴って、運動や物質合成などの活動がおきる。遺伝情報という不均一性の複製もこのようにして、不均一性の解消に伴っておきる。

 これは細胞レベルの話だが、細胞が集まると、その運動や相互認識により多細胞体が形成される。さらに個体の集合により、生態系が作られる。生物の集団の時間的変化が進化となる。これらの過程もまた、すべて、不均一性の解消によって生ずる局所的な小さな不均一性生成と見なすことができる。単に不均一性が解消する過程で小さな局所的な不均一性が生まれるというだけなら、川の中の渦や台風などがそれに当たる。やかんでお湯を沸かすときの対流もそうである。しかし、生物がこれらと異なるのは、同じ構造を再現できることで、それは、遺伝情報という形の別の不均一性を保持していて、それによって、代謝経路や酵素の特異性などを定義し、結果として、同じ構造をもつ生物体を再現出来るようにしていることである。やかんでも長くつかっていると、さびがついて、いつでも同じ場所に対流が出来るようになる。それは一種の情報である。生命の情報は、やかんのさびが非常にたくさん集まったようなものと考えればよいかもしれない。

5. 不均一性とエントロピー
 従来、不均一性の代わりにエントロピーによってものを考えることが一般的であった。しかし、エントロピーの絶対値を考えると、系の複雑性によって、大きさがことなり、話が混乱することがしばしばあった。不均一性は、想定されるエントロピーの最大値から実際のエントロピーを引いたものとして定義する。つまり、エントロピーの「のびしろ」であり、これが、将来放出されるエントロピーの大きさを表している。さらに、エントロピーは、熱力学のほか、情報理論でも定義されているが、生命を理解するには、それらも統一的に扱うことが必要である。代謝を考えるときには、エントロピーではなく、自由エネルギー変化を不均一性の尺度として考える。遺伝情報を考えるときには、配列のもつ情報量を不均一性の尺度とする。どちらも、考えられ得る条件内で最も均一化したときの最大エントロピー(最小自由エネルギー、最小情報量)から実際のエントロピー(自由エネルギー、情報量)を引いて符号を代えた値が不均一性である。

 生命に関しては、昔から還元論と生気論があらそってきて、今は、還元論で理解できそうな状況である。しかし、生気論において、生命らしさとして考えられていたものは、恐らく、今考えているひとつの不均一性から別の不均一性が生ずるしくみに関わる部分である。やかんの比喩にもあるとおり、基本的には、物理的過程として理解することが出来そうだが、実際に、このような多重化した不均一性再生機構の挙動を解析するということはおこなわれていない。物理学者は、複雑系の物理という新しい分野を発展させ、上の議論はそれに関連している。しかし、多くの物理学者は、驚くほど、現実の生物を知らない。知らなくても、理論だけ作って、理解できると信じている。一方で、生物学者は、個別の生体部品の性質の解析に熱中していて、生物のもつ生命らしさは前堤条件になってしまっている。つまり、何を研究した場合でも、それの生理的意義は?という形で、生命の合目的性を当然のことと考えている。生命の合目的性は、多重化された不均一性再生機構から生まれるものである。今後、生物学者と物理学者のコラボレーションによって、もうすこし詳しい理解が進むことを期待する。

詳しい議論は、上にあげた文献を参照のこと。

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Last update: May 25, 2012
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