細胞はなぜ分裂するのか

 

1.細胞は栄養を吸収して大きくなる。あまり大きくなりすぎると,分裂して2つになる。(4つになるものもある:クラミドモナスなど)。

2.これは細胞には最適な大きさがあるためと考えられる。

  では,細胞の大きさを決めている要因は何か。

  逆に言うと,細胞の大きさが変わると変化することは何か。

3.細胞の大きさが変わる場合として,いくつかの場合が知られている。

(1) 核相のちがい:3倍体は不稔ではあるが,体は大きいのが普通で,細胞も大きい。魚や果物などで知られている。3倍体の果物は種がないだけでなく,実が大きい。3倍体の魚は卵を産まないため,(産卵後に普通なら死ぬのが)死なないため,長生きして大きくなり,卵に栄養をとられないため身もおいしい(細胞が本当に大きいのか,わからない)。また,植物では,endoreduplicationといって,4倍体,8倍体などの細胞が自然にできていて,これも細胞の大きさが大きい。最近,この核相を制御する遺伝子が見つかった。しかし,自然界には,もともと核相が大きくなった植物はたくさんあり,それらがみな大きいわけではない。核と細胞質のバランスがあるのではないか。

(2) 細胞分裂が正常に行われない場合:大腸菌でも,よく実験に使われている株DH5などは,フィラメント状で,特に問題なく増殖する。ただし隔壁は一部作られている。隔壁形成は必須であるらしく,温度感受性のフィラメント変異(fts)の場合,低い温度でないと増殖しない。

(3) 植物の細胞では,液胞が細胞の大きさを決めていることが多い。分裂組織の細胞には液胞がほとんどないが,葉などの成熟した細胞では,大きな液胞があって,細胞容積の大部分を占める。植物細胞は,細胞壁によって物理的に支持されているので,大きくなることが可能なのかもしれない。

(4) 動物では,成長ホルモン投与によって体が巨大化することが知られている。初めて作られたトランスジェニックマウスは,スーパーマウスと呼ばれ,体が2倍以上に大きくなった。細胞の大きさについては?成長ホルモンは細胞の分裂を促進するので,細胞の大きさは変わらない?筋肉繊維は太くなるらしいがこれは後から融合するので,例としてはよくない。

(5) 葉の大きさを変える遺伝子の研究で,細胞の大きさと数の間には逆の関係があり,最終的な葉の大きさは簡単には変わらないことがわかった。つまり,補償機構があるらしい。

4.生物(の組織)によって細胞の大きさは決まっている。すでに進化的に確立した大きさを人為的に変えることは易しくない。

5.では,細胞はなぜ分裂するのか。一個の細胞として巨大化した場合,その一部分でも損傷すると,細胞全体が死んでしまう。細かく分かれていれば,被害は最小限ですむ。タンカーの船倉の原理。

6.もう一つは,すでに話題になった,表面積と体積の比率の問題。物質の輸送は表面積に比例し,代謝は体積に比例するので,相対的に体積が大きくなると,物質の交換・輸送が追いつかなくなる。ただしこれに関しては,細胞の形状を工夫すれば問題を回避できる。つまり,相似形で大きくならなければよい。細いひも状や,薄っぺらい板のような形で拡がっていけばよいはず。しかし現実にはこういうものはない。5の物理的な安定性が問題になるため。

7.さらに,核と細胞質の比率。倍数体の細胞が大きいことは,染色体をふやすことによってmRNAやリボソームの量を増やし,細胞の隅々まで行き渡らせることができるため,5の物理的な安定性や6の輸送の問題が起こらない範囲で,細胞を大きくすることができる。逆に言うと,普通の細胞は,染色体の量が制限要因となって,物理的に可能な最大限の細胞の大きさまで達していない。しかし,これには意味がある。G2期では染色体数が2倍になっていて,そのときには細胞の大きさも2倍になっている。体細胞としてG1期で止まるのであれば,2倍のサイズになることも可能である。

8.それにしても,細胞をきちんと分裂させることはたやすくない。細胞周期の進行には,非常に多くの制御因子が関わっている。