原核生物と真核生物の統一理論は可能か

2007年1月9日

真核生物ももとは原核生物から進化したと考えられている。それならば，両者を統一的に理解することは可能だろうか。

１．原核生物と真核生物で異なる点

項目	原核生物	真核生物
ゲノム構造	多くは環状ゲノムで核様体を作っている（線状ゲノムをもつのは，放線菌Streptomyces類，スピロヘータBorrelia, αプロテオ細菌Agrobacteriumなど）。 複製起点が一つある。AT-rich DnaAタンパク質が結合して複製開始する。 ヒストンではなくHUをもつ（古細菌にはヒストンに似たタンパク質を持つものあり）。	線状DNAが染色体として存在。末端はテロメア構造により保護。染色体の最小数は３。 複製起点はたくさんある。AT-rich。 複雑な開始複合体。細胞周期によるライセンシング。 ヒストンをもつ。
遺伝子構造	プロモータ，コード領域，ターミネータからなる。 ポリシストロニックな転写単位が多い。	プロモータとエンハンサー（上流調節領域），エキソンとイントロン，ポリA付加配列。 ほとんどがモノシストロニック。
転写開始	シグマ因子がプロモータを認識。転写因子が働く場合もある。 プロモータ配列は転写開始頻度を調節。	多数の転写因子が上流配列に結合しmediatorとの複合体を作り，RNAポリメラーゼを呼び込む。 プロモータ配列は転写開始位置を決定。転写開始頻度は転写因子が決める。 （すべての遺伝子の転写開始機構が同様とはいえない：TATAボックスやInrを持たない遺伝子もある）
タンパク質合成	70S リボソームで行われる。 原核型開始因子，伸長因子。 クロラムフェニコール感受性。 ホルミルメチオニンから開始。（古細菌はメチオニン）	80S リボソームで行われる。 真核型開始因子，伸長因子。 シクロヘキシミド感受性。 メチオニンから開始。
細胞構造	細胞骨格やオルガネラを持たない。（内膜系を持つものもある。）	細胞骨格とオルガネラを持つ。
表層の構造	ペプチドグリカンをもつ （古細菌は異なる）	細胞外マトリクス（糖鎖構造をもつタンパク質と脂質）をもつ
細胞増殖	細胞分裂（くびれ込み）	有糸分裂と減数分裂
エンドサイトーシス	なし	あり
原形質流動	なし	あり

２．共通理解が可能と思われる点

ゲノム構造：環状と線状は実は微妙な差？近縁の細菌でも両方がある。細菌でも染色体DNAを複数持つものもある。ヒストンそのものは細菌にはなく，古細菌が起源と思われる。さまざまなDNA結合タンパク質が細菌の世界で利用されていた内で，たまたまヒストンが真核生物を作る際に利用されたと考えられる。

遺伝子構造：ポリシストロニックは後からできたらしい。イントロンも後からできたと思われる。原核生物にあるグループ2イントロンは，真核生物のイントロンとやや似たしくみでスプライシングされる。プロモータ配列そのものは原核，真核で似ているが，認識する因子は異なる。転写終結機構は非常に異なる。

転写開始：シグマ因子とTBPは構造的にも異なる。転写開始機構は共通理解が難しい？

タンパク質合成：確かにリボソームは２つに分類されているが，実際には，rRNAもリボソームタンパク質も，真核と原核で，多くのものは配列が類似している。翻訳開始因子や伸長因子も，原核と真核のものは配列が似ている。真核で複雑化しただけと考えればよい。阻害剤に対する性質は本質的とはいえないのではないか。

細胞構造：細胞骨格タンパク質は，その起源と思われるものが原核にも存在する。チューブリンの原型はFtsZ，アクチンの原型はMreBと考えられている。機能的にはかなり異なるとしても，関連性は理解できる。オルガネラは確かに真核特有だが，共生起源のものを除くと，内膜系が残る。原核細胞にも内膜系を持つものは多い。光合成細菌やシアノバクテリアなど。現在のERの起源となるものが原核生物にあるのかどうか，まだ不明（Signal recognition particle SRPなど）。

表層構造：実際には生物によってさまざま。生育環境の違いもある。動物細胞の細胞外マトリクスは多細胞体制の構築と関係するので，それが原核生物になくてもよいはず。細胞外に多糖類をもつという点では，すべて共通ともいえる。

細胞増殖：有糸分裂は微小管が必要なので，真核生物だけなのは当然。しかし，原核生物でもゲノムの分離には，能動的な機構があると考えられているので，広く考えれば共通点がありそう。

エンドサイトーシス：細胞壁があると困難。真核生物にもエンドサイトーシスを行わない生物は多い。動物細胞だけの特徴か。

原形質流動：これも細胞骨格に依存しているので，原核生物にないのは当然だが，大型の原核細胞の場合，何らかのしくみで中身を混ぜ合わせることは必要かもしれない。大きな原核細胞を探して調べてみる必要がある。

３．解決すべき重要なポイント

なんと言っても転写開始機構の共通理解を図ることが必要である。何か共通の基本があって，それが発展して原核型と真核型になったと考えたい。RNAポリメラーゼそのものは，かなりサブユニット構造が違うとはいえ，アミノ酸配列の類似性があるので，進化的な連続性はある。問題は，転写開始の認識機構であろう。Mediator複合体の形成は真核生物に共通であるとしても，生物ごとにある程度は異なるはずで，下等な真核生物では単純であるかもしれない。そうすれば，一番基本になるところが判る可能性がある。逆に，原核生物の転写開始機構もさまざまではないか。教科書には大腸菌でわかったことが出ていて，転写開始機構そのものを他の原核生物で詳しく調べた例は多くない。現在，シアノバクテリアの転写に関しては，だいぶ詳しく調べられてきているが，あまり変わったことはわかっていない。まして古細菌となると，相同タンパク質の検索まではできても，生化学，分子生物学のレベルできちんと研究することは難しい。