生命の基本原理を解明するために,生命現象に潜む法則性を見つ け出す(その3)
B 生物対流のパターンがどうして作られるのか


 生物対流をご存じですか。
 研究室のホームページにも図をのせていますが,遊泳性の細胞の培養液をおいておくと,縞模様を作ります。ゾウリムシなどでは,酸素を求めて水面に向かっ て泳ぎます。クラミドモナスという緑藻だと,酸素も求めますが,光にも向かって泳ぎます。遊泳細胞が水面に集まると,水面付近の密度が高くなります。密度 の逆転状態がある限度を超えると,たまたま一番重かったところから下降流が生じ,ある周期をもった下降流の縞模様が出来ます。これを生物対流と言います。 お湯が沸くときの対流と,物理的な原理は同じですが,温度差があるために起きる対流ではありません。
 生物対流の形成は,これまでもっぱら物理学者によって流体力学を使って考えられてきました。流体力学では,方程式を立てるのですが,無次元化ということ をします。レイノルズ数というのが有名ですが,摩擦力と慣性力の比率を表し,レイノルズ数が同じなら,マクロな現象(飛行機の翼が空気中を通るなど)もミ クロな現象(ミジンコが水中を泳ぐなど)も同じような式で表すことが出来るというものです。無次元化をするには,長さの場合,容器の大きさを単位に使いま す。そのため,生物対流のモデル化では,容器のサイズに依存したパターンが出来るとされています。ところが実際に生物対流を観察してみると,細胞はいくら でもあつまってくるので,水面近傍にどれだけの細胞が集まっているのかだけが重要で,容器全体の深さなど関係ないことがすぐにわかります。容器の大きさ は,細胞の全体数を決めている要因ですが,生物対流そのものの発生には関わりません。
 横から観察する顕微鏡を作り,生物対流が始まるところを見ていると,細胞が集まってから,対流が始まるまでの間,細胞同士の激しいぶつかり合いが起こる ことがわかります。クラミドモナスは2本のべん毛をもって泳ぎますが,他の細胞と接触すると,激しくたたき合います。これが多数の細胞の集団の中で起きる と,混沌になるのですが,それでもこの混沌に周期性が見られます。おそらく,周期性が互いに強めあって最初の吹き出しを作り出すのだろうと思います。この あたりはいま観察結果を元にデータを解析しています。
 細胞集団が密集したときに起きる混沌とした状態はカオスなのですが,物理でいうカオスは別のものを指すので,別の言葉を使う必要があります。でも最終的 に対流が起きるので,結局はカオスでよいのかも知れません。このごちゃごちゃ状態は,人混みや満員電車の車内とも似ていて,局所的な規則性が出来る可能性 を秘めています。実際,人が大勢集まると暴力沙汰も起きますし,全体として大きなパワーを発揮することもあります。クラミドモナスの泳ぎの解析から,人混 みの科学にもつなげられないかと思います。

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更新日:December 24, 2008.
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