単細胞紅藻Cyanidioschyzon merolaeの脂質
合成系
Cyanidioschyzon merolaeは,イタリアの温
泉から採取された単細胞紅藻で,46˚Cを至適生育温度とし,硫酸酸性(pH 1.5-2.5)の淡水で生育する絶対光独立栄養生物である。
C. merolaeの全ゲノム塩基配列は,2004年にCyanidioschyzon Genome
Projectにより解読され,現在では,ギャップも完全に埋まり,20本の染色体のすべてについて,テロメアからテロメアまでの完全な塩基配列が決定さ
れた唯一の真核生物である。
C. merolaeの脂質合成系の研究は,ゲノム情報と脂質の化
学分析,それにトレーサーを用いた代謝実験によって総合的に行われた。
詳細は論文を見て頂くこととし,ここでは,C. merolaeの脂質組成と脂質合成系の主要な特徴を述べる。
論文はEukaryotic Cellに受理され,印刷中である。
特徴1 脂肪酸の種類がきわめて単純で,多くの光合成生物に存在するαリノレン酸が存在しない。これは化学分析とゲノム情報から確定した。
光合成にαリノレン酸など多価不飽和脂肪酸が必要ないことは,すでにシアノバクテリア
の一種Synechococcus sp. PCC 6301 (Anacystis nidulans)において証明されていた。
真核光合成生物では原始紅藻類の一部でαリノレン酸がないことが,1980年に細胞全体の脂肪酸分析で示されていたが,私が以前にシアノバクテリアの一種
Anabaena variabilis
M3株で示したように,生育温度などによってもαリノレン酸の含量は変動するため,生育温度を変えた分析,脂質クラスにわけた詳細な分析,ゲノム情報の解
析,トレーサー実験,などすべての研究手法によって間違いないことが確かめられたという意味では,本研究で初めてαリノレン酸が真核光合成にも必要ないこ
とが実証されたことになる。
図1 キャピラリーガスクロによる脂肪酸の分析
特徴2 C. merolaeの葉緑体には脂肪酸不飽和化酵素が全
く存在しない。
これまで研究された真核光合成生物としては,緑藻や被子植物(いわゆる高等植物)があ
るが,これらでは,脂肪酸合成が葉緑体で起きるとパルミチン酸とステアリン酸が合成される。このうち,ステアリン酸は不飽和化されてオレイン酸となる。こ
れらの脂肪酸は葉緑体内部でも脂質合成に使われるが,半分以上(生物種によって異なる)は,葉緑体の外に輸送され,小胞体膜(ER膜)においてフォスファ
チジルコリンなどリン脂質の合成に使われる。脂肪酸部分の不飽和化は,ERと葉緑体において,脂質分子上で起こる。ERでは一部の脂肪酸がCoAエステル
になって不飽和化され再アシル化されるというretailoring
pathway(仕立て直し経路)も存在する。ERで作られたリノール酸を含む脂質の一部は葉緑体に戻され,葉緑体の糖脂質の合成に使われる。このよう
に,緑色植物では,(1) 葉緑体におけるオレイン酸合成,(2) 葉緑体内部での脂質に結合した脂肪酸不飽和化,(3)
ER膜での脂肪酸不飽和化があり,(2) の経路は原核型脂質合成経路,(3)の経路は真核型脂質合成経路と呼ばれてきた。
これに対し,C. merolaeでは,葉緑体内部でオレイン酸
を作るためのstearoyl ACP
desaturaseの遺伝子がない。また,脂質結合型またはアシルCoA結合型の脂肪酸不飽和化酵素として,ステアリン酸からオレイン酸を作るための酵
素が2種類,オレイン酸からリノール酸を作るための酵素が1種類,あわせて3種類しか存在しないことが,ゲノム解析からわかった。すべて,ERに局在し,
葉緑体には不飽和化酵素が全く存在しないことが確定した。
特徴3 この結果として,C. merolaeでは,葉緑体の糖脂
質は混合経路で合成される。
すべての酸素発生型光合成を行う生物(真核光合成生物とシアノバクテリア)のチラコイ
ド膜は,ガラクトースを含む糖脂質からできている。C. merolaeの
ガラクト脂質では,C-1位にはリノール酸,C-2位にはパルミチン酸が結合している。パルミチン酸は葉緑体内部で供給されるが,リノール酸はERで不飽
和化反応によって合成されたものが,葉緑体に供給される。このため,糖脂質の合成には,常に,葉緑体内部とERの両方からの脂肪酸の供給が必要である。こ
れは,緑色植物の原核型と真核型の経路を一つにあわせたものと見なすことができ,混合経路と名付けることにした。混合経路は,C. merolaeのようなきわめて小さなゲノムを持つ生物だからやむを得
ず,行っているということではなく,紅藻類一般に成り立つことではないか,と考えられる。というのは,紅藻類には一般にC18脂肪酸(ステアリン酸,オレ
イン酸,リノール酸,αリノレン酸など)がきわめて少ないことがわかっていた。ステアリン酸が葉緑体内部でオレイン酸になるとすれば,葉緑体内部にC18
脂肪酸を含む脂質がたくさんあってよいはずであるということを考えると,stearoyl ACP
desaturaseは紅藻類一般に欠損していて,作られたステアリン酸がすべて葉緑体外に輸送されると考えられる。ただ,一般の海産紅藻の場合には,
ERに鎖伸長酵素があって,C18脂肪酸をC20に変え,同時に不飽和化も行うことで,20:4(アラキドン酸),20:5などの高度不飽和脂肪酸を合成
する。これらが葉緑体に輸送されて,高度不飽和脂肪酸を多量に含む脂質が合成されると考えられる。葉緑体のstearoyl ACP
desaturaseの欠損が紅藻類の脂質合成系を特徴づける鍵ということができる。
図2 シアニジオシゾンと高等植物の脂質合成系の比較
特に,脂肪酸不飽和系と糖脂質の合成について詳しく示した。
特徴4 C. merolaeの脂肪酸不飽和化酵素はシアノバクテ
リア起源ではない。
不飽和化酵素の起源を系統樹から解析した結果,緑色植物の不飽和化酵素は葉緑体とER
に存在し,それぞれシアノバクテリアと宿主に起源を持つことがわかった。しかし,C.
merolaeの場合には,シアノバクテリア起源の不飽和化酵素を全く持たず,これが,葉緑体に脂肪酸不飽和系を持たない原因となってい
る。さらにstearoyl ACP
desaturaseは緑色系統にしか存在せず,緑色植物の起源において新たにある種のバクテリアから導入された酵素と考えられた。これが,今日我々の生
活を支えているリノール酸を多量に含む作物ができた一つの理由ということになる。
図3 脂肪酸不飽和化酵素の系統樹
Δ9, Δ12,Δ15の3種類の不飽和化酵素の系統をまとめた。
アミノ酸配列を用いてアラインメントを作成し,計算は近隣結合法で行った。
枝分かれの数字はブートストラップ値。
この他にΔ6などが知られているが,これらの酵素とは根元から分かれていて,一緒の系統樹にするとそれぞれの細かい点が狂ってくるので,含めなかった。
シアニジオシゾンの酵素はCmeと書かれているもの。CPは葉緑体局在,ERは小胞体局在。
以上,解説は佐藤直樹。
Last update: March 22, 2007.
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